9月。エアコンの電話が鳴りやみ、年末の大掃除にはまだ早い。清掃業のカレンダーで、一番静かな月がやってきます。
この時期、事務所でため息をつきながら「まあ、毎年こうだから」とやり過ごすか。それとも、静かな9月を12月と来年の売上を作る仕込みの月に変えるか。1年後の決算書は、ここで分かれます。
漁師さんは、引き潮を嘆きません。海の仕事を知り尽くした人ほど、潮が引いた磯で貝を拾い、網を繕い、次の大潮に静かに備えます。閑散期とは、忙しい時期にはできない仕事をするための、神様がくれた時間です。今日は、9月にやるべき3つの仕込みを、優先順位つきでお話しします。
仕込み1: 「夏のお客様」への追いかけ——一番早く現金になる

まず最初にやるべきは、新しいお客様探しではありません。この夏に出会ったばかりのお客様への、二の矢です。理由は単純で、これが一番早く売上になるからです。
夏にエアコンクリーニングで伺ったお宅を思い出してください。あなたはプロの目で、エアコン以外のものも見ているはずです。限界が近いレンジフード、ウロコだらけの浴室の鏡、黒ずみはじめた洗面所——。
そのお客様たちに、お礼を兼ねてこう連絡します。
「夏はエアコンクリーニングをご利用いただき、ありがとうございました。実は作業の際、レンジフードの油汚れが気になっておりまして。年末は大掃除のご依頼で混み合いますので、いまの時期ですと日程に余裕をもってじっくり作業できます。年末を待たずに秋のうちに済ませておくと、大掃除がぐっと楽になりますよ」
「暇なので仕事ください」ではなく、「混む前の今がお得ですよ」というお客様側の得になる理屈で誘う。これが秋営業の型です。夏に100件の作業をしていれば、この連絡だけで9〜10月に数件〜十数件の仕事が生まれます。広告費はハガキ代だけです。
仕込み2: 年末繁忙期の「予約の先取り」——12月の自分を助ける

2つ目は、12月に向けた仕込みです。毎年12月、こんなことになっていませんか。
「電話が鳴りやまない。でもスケジュールはもうパンパン。せっかくの依頼を断るしかない——」
12月に断った仕事は、ただの機会損失ではありません。断られたお客様は他社に流れ、来年からはそちらの常連になります。繁忙期の「断り」は、未来のお客様を競合にプレゼントする行為なんです。
これを防ぐのが、10月からの予約先取りです(詳しいやり方は10月の記事で書きますが、仕込みは9月から始まります)。まず、過去の記録から「毎年年末に頼んでくれるお客様」をリストアップします。そして10月に入ったら、その方々へ優先案内を出す。「今年も年末のお掃除、いかがですか。常連の◯◯様には、混み合う前に良いお日にちを確保させていただきます」——。
常連さんの予約が10月のうちに埋まると、12月の飛び込み依頼を受ける枠の計算も立ちます。12月の地獄のパズルは、9月と10月の段取りで、ほぼ解けてしまうのです。
仕込み3: 「今年のデータ」の棚卸し——来年の作戦地図を作る
3つ目は、現場仕事ではありません。机の上の仕事です。1〜8月の自社の数字を、お茶でも飲みながら眺めてみるのです。難しい分析は要りません。見るのはこの4つだけ。
- 月別の売上——どの月が高く、どの月が凹んでいるか。凹みの月が、来年のテコ入れ対象
- 作業の種類別の件数——何が一番売れたか。伸びているメニューはどれか
- 新規とリピートの比率——リピートが少ないなら、追いかけ連絡の仕組みに穴がある
- お客様のきっかけ——紹介?チラシ?ネット検索?一番効いた入口に、来年は力を集中する
健康診断と同じです。数字を眺めるだけで、「あれ、6月が思ったより弱いな」「紹介が意外と多いな」と、来年打つべき手が向こうから浮かび上がってきます。
そしてこの棚卸しは、日々の記録がきちんと残っている会社なら30分で終わり、記録がない会社には何日かけてもできません。閑散期の分析は、繁忙期の記録の貯金で走るのです。
逆に、9月にやってはいけないこと
仕込みの話の裏返しで、閑散期に「やりがちだけど損をする」行動も2つ、挙げておきます。
NG1: 焦って値引きチラシをまく。「9月限定! 全メニュー20%オフ!」——気持ちはわかりますが、これは劇薬です。値引きで来たお客様は値引きでしか動かず、定価で頼んでくれている常連さんが偶然そのチラシを見たら、「私、損してた?」と信頼が揺らぎます。閑散期の売上不足を値引きで埋めると、年間の値段の相場そのものが壊れていくのです。どうしても価格で誘いたいなら、「閑散期はじっくり作業できるので、通常より丁寧にできます」という価値の上乗せ側で語りましょう。
NG2: 手当たり次第の新規営業。暇になると、つい飛び込みや無差別ポスティングに走りたくなります。でも、反応率の低い新規営業に貴重な閑散期を使うのは、持ち札の中で一番分の悪い勝負を選ぶこと。同じ時間を使うなら、すでに関係のある「夏のお客様」への二の矢のほうが、確実に数倍のリターンがあります。閑散期こそ、新規より既存。この連載の合言葉が、一番効く季節です。
暇な時期の過ごし方が、その会社の実力である
3つの仕込みに共通することに、お気づきでしょうか。どれも、過去のお客様の記録を元手にしているということです。逆に言えば、記録さえあれば、閑散期の仕込みには新しい費用がほとんどかからない、ということでもあります。
夏のお客様に二の矢を放つには、夏の作業記録が要ります。年末の常連に先回りするには、去年の年末の記録が要ります。数字の棚卸しには、日々の売上と顧客の記録が要ります。記録という貯金があれば、閑散期は「収穫の秋」になり、貯金がなければ、ただ寒くなるのを待つ季節になります。
9月の静けさは、ピンチではなく合図です。網を繕い、貝を拾い、大潮に備える。仕込み1で秋の現金を作り、仕込み2で12月の混乱を防ぎ、仕込み3で来年の作戦を立てる——この3つを済ませた会社の10月からは、「暇な秋」ではなく「予定通りの秋」が始まります。今年の9月が、来年の「一番忙しい9月」の始まりになりますように。


