おばあちゃんの漬物、覚えていますか。あの味です。「塩はこのくらい」「重しは様子を見て」「寒い年はちょっと長めに」――レシピを聞いても、返ってくるのはそんな答えばかり。そして、おばあちゃんがいなくなった日、あの味も一緒にいなくなりました。
どこの家にもある話です。そして、どこの会社にもある話です。
このブログではいつも「社長の頭の中を残しましょう」と書いていますが、今日は少し視点を変えます。あなたの会社の、あのベテランさんの頭の中の話です。
会社には「もうひとりの社長」がいる
長く続いている会社には、たいてい「あの人」がいます。機械の音を聞いただけで不調がわかる職人さん。お客様の顔と好みを全部覚えている番頭さん。経理のことなら何でも知っている事務のベテランさん。
「あの機械のことは、佐藤さんに聞かないとわからない」
「B社さんの担当の好みは、田中さんしか知らない」
「その手続き、山本さんが休みだと止まるんだよね」
思い当たる名前が浮かんだのではないでしょうか。その人の頭の中は、社長の頭の中と同じくらい――ことによっては、現場に関しては社長以上に――会社の大事な財産です。
そして、その財産にも「期限」があります。定年、転職、体調、家庭の事情。ベテランさんは、いつか必ず会社を離れます。漬物の味と同じで、残す準備をしなければ、その日に消えます。
「辞める前の1か月」では、間に合わない
多くの会社では、ベテランの退職が決まってから、あわてて引き継ぎを始めます。残り1か月、後任を横に付けて、口頭で教えて、メモを取らせて。
でも、考えてみてください。その人が30年かけて体に染み込ませたものを、1か月で全部は渡せません。しかも引き継ぎ期間は、本人もまわりも通常業務で手いっぱい。結局「困ったら電話して」で送り出し、退職後も何度も電話する――よくある光景です。
コップの水を移すのとは違うのです。30年物の樽の中身を、コップ1杯分の時間で移そうとしている。こぼれるほうが多いに決まっています。

だから、結論はひとつです。引き継ぎは、辞めることが決まってから始めるものではなく、元気に働いているうちから、少しずつやっておくものなのです。
ベテランの知恵は、「質問」で引き出せる
「といっても、佐藤さんに『頭の中を書き出して』と頼んだら、嫌がられるよ」――その通りです。書くのは誰でも苦行ですし、ベテランほど「自分のやっていることは当たり前のこと」と思っていて、何を残せばいいのか本人にもわかりません。
ここで効くのが、このブログでおなじみの方法、「書かせるのではなく、話してもらう」です。
「会社のおまもり」はAIとおしゃべりするだけで記録が残る道具です。社長だけでなく、従業員さんに使ってもらうこともできます。休憩時間に10分、AIを相手に仕事の話をしてもらうだけで、その人の知恵が会社の取扱説明書に清書されていきます。
AIのいいところは、遠慮なく「なぜ?」を聞けることです。「その音がしたら、なぜベルトだとわかるのですか?」「お客様がその一言を言ったとき、なぜ値段の話を止めるのですか?」――人間の後輩には聞きづらい「そもそも」の質問を、AIは何度でもします。この質問こそが、本人も言葉にしたことのなかった勘の中身を引きずり出すのです。

ベテラン本人にも、ちゃんと得がある
この取り組み、実はベテランさん本人にも喜ばれます。理由は3つあります。
1つめ、「自分の仕事が形になる」から。30年やってきたことが説明書として積み上がっていくのは、本人にとって誇らしいものです。自分の技術が「会社の財産」として扱われている、という実感にもなります。
2つめ、同じ質問攻めから解放されるから。「佐藤さん、これどうやるんでしたっけ」が1日に何度も来る。あれが「まずマニュアル見て」で済むようになります。教え好きな人でも、同じ説明の3回目はつらいものです。
3つめ、安心して休めるようになるから。「自分が休むと現場が止まる」は、本人にとっても重荷です。知恵が会社に残っていれば、ベテランさんも堂々と有休が取れます。
頼み方のコツは、「辞める準備」ではなく「技術を会社の宝として残したい」と伝えることです。実際、その通りなのですから。
今日からできる、小さな始め方
いきなり「全部残そう」としなくて大丈夫です。おすすめの始め方を書いておきます。
手順1:まず社長自身が「会社のおまもり」を使って、話すだけで記録が残る感覚をつかむ
手順2:ベテランさんに「この間の機械の直し方、あれをちょっと話してもらえない?」と、1つだけお願いする
手順3:できた説明書を本人に見せる。「おお、ちゃんとまとまるね」となったら、月に1〜2回、話す時間を作る
ポイントは、最初の1回を「その人の得意技」にすることです。人は自分の得意な話ならいくらでも話せます。そして、できあがった説明書を見れば、この道具が「自分を追い出す準備」ではなく「自分の腕を残す額縁」だと伝わります。
おばあちゃんの漬物の味は、もう戻りません。でも、あなたの会社の「あの人の技」は、まだ間に合います。あの人が元気に働いている今日この日が、いちばん早い残しどきです。
この記事のまとめ
・ベテランの頭の中は、社長の頭の中と並ぶ会社の財産。そして期限がある
・辞める前の1か月では間に合わない。元気なうちから少しずつが正解
・書かせるのではなく、AIの質問に答えて話してもらう。勘が言葉になる
・「辞める準備」ではなく「技術を宝として残す」と伝えれば、本人にも喜ばれる
会社の味を、次の代にも。まずは社長ご自身が話す側を体験してみてください。その気楽さがわかれば、ベテランさんへの頼み方も自然と見えてきます。

