会社の記録を残す話をすると、よくこう言われます。
「いい話だね。うちもそのうちやるよ。まだ早いから」
40代の社長さんも、50代の社長さんも、60代の社長さんも、同じことを言います。そして70代の社長さんは、こう言うのです。「もっと早くやっておけばよかった」と。
今日は、この「まだ早い」という言葉の正体について、傘の話から始めます。
傘は、雨が降る前に買うもの
晴れた日に傘を買う人は、少し変わり者に見えるかもしれません。でも、考えてみてください。
雨が降り出してから駅前の店に走ると、どうなるか。傘売り場には人だかり、ビニール傘は売り切れ、残っているのは高い傘だけ。しかも、そこにたどり着くまでにもう濡れています。
備えというのは、必要になった瞬間には、もう手に入りにくくなっている。これが備えの一番の性質です。
会社の記録も同じです。「記録が必要になる日」とは、社長が入院した日、倒れた日、あるいはもっと悲しい日です。その日から記録を始めることは、できません。雨が降ってから傘を探すどころか、雨に濡れながら「傘はどこだ」と聞かれるのは、残された家族と従業員なのです。

「まだ早い」の裏にある、2つの勘違い
「まだ早い」と感じるのには、理由があります。そしてその理由は、2つとも勘違いです。
勘違い1:「記録=引退の準備」だと思っている。だから「自分はまだ現役バリバリ。引退の準備なんて早い」となる。でも、このブログで言う記録は、引退の準備ではありません。従業員の「社長どうします?」が減り、新人教育がラクになり、休みの日に電話が鳴らなくなる――現役の今日から効く道具です。バリバリ働いている人ほど、リターンが大きいのです。
勘違い2:「その日」は予告してから来ると思っている。人間は不思議なもので、自分の入院や事故は「まだ先の話」だと感じます。でも、まわりを見てください。突然の入院、突然の事故は、いつも「突然」だったはずです。予告があるなら、備えはいりません。予告がないから、備えなのです。
備えに最適な年齢は「思い立った年齢」
では、何歳から始めるのがいいのか。答えを先に言います。この記事を読んでいる、今のあなたの年齢です。理由は3つあります。
理由1:記憶は今がいちばん濃い。会社の記録は、あなたの記憶から作られます。そして記憶は、年々薄れます。取引先とのいきさつ、あの判断の理由、トラブルの顡末――10年前のことは、今日話すのがいちばん正確です。来年話せば、1年分薄れます。
理由2:話せる体力と気力は、今がいちばんある。記録づくりに必要なのは、1日5分のおしゃべりだけ。でもその5分も、体調を崩してからでは重労働になります。病院のベッドの上で会社の全部を話すのは、健康な日の100倍つらい作業です。
理由3:早く始めるほど、記録は「利息」を生む。記録は貯金に似ています。40代で始めた人は、50代には20年分の知恵の貯金がある。60代で始めた人との差は、あとから縮められません。しかもこの貯金は、日々の仕事をラクにするという「利息」を毎日払ってくれます。

「まだ早い」と言った社長さんの、その後
少しだけ、現実の話をします。中小企業の世界では、社長の急な入院や不幸で会社が立ち行かなくなる話は、珍しくありません。手続きがわからない。取引先に誰が何を言えばいいかわからない。金庫も口座も、どこに何があるかわからない。
残された人たちが口を揃えて言うのは、「聞いておけばよかった」です。そして、もし社長本人に聞けたなら、きっとこう言うはずです。「話しておけばよかった」と。
「まだ早い」の反対語は「もう遅い」です。そして、この2つの間に「ちょうどいい」という瞬間はありません。人間は、ちょうどいいタイミングを待っているうちに、「もう遅い」に突然たどり着くのです。だから、「まだ早い」と感じる今日こそが、実は「ちょうどいい」なのです。
「そのうち」を「今日の5分」に変える方法
とはいえ、大げさに構える必要はありません。今日やることは、たった1つです。
今日:「会社のおまもり」に無料登録して、AIにひとこと話す。お題は「もし自分が明日入院したら、会社でいちばん困ることは何か」。それだけ。
明日から:思い出した日に、思い出したことを5分。ノルマなし。
最初のお題を「いちばん困ること」にしたのには理由があります。これを話すと、あなたの会社の弱点――あなたにしかできないこと――が自然と見えてくるからです。そこが、記録の最優先ポイントです。
1年後のあなたは、2つのうちどちらかです。「1年分の知恵が会社に貯まった社長」か、「また1年、頭の中だけに積んだ社長」か。傘売り場が混む前に、どうぞ。
よくある質問
「本当に忙しくて、5分も取れない気がします」――わかります。だからこそ、机に向かう時間はゼロで設計されています。車で現場に向かう前の信号待ち、お風呂上がり、寝る前。スマホに向かってしゃべるだけなので、「時間を作る」というより「すきまに差し込む」感覚です。忙しい人ほど頭の中の荷物が多いので、効果も大きくなります。
「若いつもりですが、40代でも意味がありますか」――あります。むしろ40代は黄金期です。理由は本文の通り、記憶が濃く、話す体力があり、貯金期間が長く取れるから。それに40代は、従業員が増えたり事業が広がったりして「社長しか知らないこと」が急増する年代でもあります。備えというより、日々の経営道具として一番元が取れる年代です。
「何から話せばいいですか」――最初のお題は本文の通り「もし自分が明日入院したら、いちばん困ることは何か」がおすすめです。2番目のお題は「毎月必ずやっている仕事」、3番目は「困ったときに電話する相手」。この3つで、会社の背骨の部分はかなり残ります。
この記事のまとめ
・備えは、必要になった瞬間には手に入らない。傘は雨の前に買うもの
・記録は引退の準備ではなく、現役の今日から効く道具。バリバリの人ほど得をする
・記憶も体力も今がいちばん濃い。始めた日から貯金のように差がつく
・「まだ早い」と「もう遅い」の間に「ちょうどいい」はない。今日が最適日
「まだ早い」と思ったあなたへ。その感覚こそが、まだ元気で、まだ記憶が濃く、まだ何でも話せる証拠です。つまり、備えの条件が全部そろっているということ。この記事を閉じる前の5分で、最初のひとことをどうぞ。

