「この見積もり、どうやって決めてるんですか?」と聞かれて、「うーん、長年の勘だな」と答えたことはありませんか。
勘。経験。肌感覚。言葉にできないもの。だから教えられないし、残せない――多くの社長がそう思っています。
今日はこの「勘は言葉にできない」という思い込みに、真正面から挑んでみます。結論から言うと、勘の中身は、思っているよりずっと言葉にできます。
漁師の天気予報の、タネ明かし
昔の漁師さんは、天気予報がなくても「明日は時化(しけ)るぞ」と当てたといいます。まさに勘。神業に見えます。
でも、本人にゆっくり聞いてみると、こんな答えが返ってくるそうです。「夕焼けの色がいつもと違った」「風の向きが変わった」「波の音が変わった」「膝が痛んだ」。
おわかりでしょうか。勘の正体は、「無意識に見ているチェックリスト」なのです。長年の経験で、見るべきポイントと、その組み合わせの意味が体に入っている。本人はいちいち意識しないから「勘」としか言えない。でも、ひとつずつ聞き出せば、ちゃんと言葉になる。
あなたの「長年の勘」も、同じ構造をしています。

見積もりの「勘」を、分解してみる
試しに、社長の代表的な勘――見積もりの値決め――を分解してみましょう。「勘で決めてる」というあなたは、実は瞬時にこんなことを見ているはずです。
・この作業なら、人が何人で何日かかるか(過去の似た仕事の記憶)
・あの現場は駐車場が遠いから、その分の手間(現場の条件)
・この客先は追加注文が多いから、少し余裕を(相手の傾向)
・今月は仕事が薄いから、多少安くても取りたい(自社の状況)
・この金額を超えると相見積もりで負ける(相場観)
ほら、言葉になりました。一つひとつは、当たり前のことばかりです。でもこの「当たり前の組み合わせ」こそが、30年かけて磨いた勘の中身です。そして、組み合わせの要素が言葉になっていれば、他の人も同じ考え方をなぞれるのです。若手の見積もりが甘いのは、才能の差ではなく、このチェックリストを知らないだけなのですから。
勘を言葉にする、たったひとつの方法
では、どうやって自分の勘を分解するか。方法はひとつだけです。「なぜ?」と聞いてくれる相手に、話すこと。
自分ひとりで「俺の勘を言語化しよう」と机に向かっても、まず書けません。無意識のものは、自分では見えないからです。必要なのは、外からの質問です。
AI「その見積もり、なぜ80万円だと『高すぎる』とわかったのですか?」
社長「いや、なんとなく……ああ、そうか。あの規模の現場なら人工(にんく)が◯人だから、原価はだいたい◯◯万。それに──」
この「ああ、そうか」が、勘が言葉になる瞬間です。「会社のおまもり」のAIは、この「なぜ?」を根気よく、失礼にならない加減で聞いてきます。人間の部下には毎回「なぜ」を聞かれるとイラッとしますが、AIなら何度でも付き合えます。

全部は言葉にならない。それでいい
正直に言っておきます。勘の100%は言葉になりません。最後の数%――初めての状況でのひらめき、人を見る目の深いところ――は、たしかに本人だけのものです。
でも、ここで大事なのは割合です。勘の7〜8割は「無意識のチェックリスト」で、言葉にできる部分。残りの2〜3割が、本当の意味での才能や経験です。
多くの会社は、「100%は無理だから」と言って、言葉にできる7〜8割まで丸ごと諾めています。もったいない話です。7割が言葉になれば、若手はそこまで一気に登れます。残り3割は、その先で各自が磨けばいい。山の7合目まではロープウェイを作れるのに、「頂上までは無理だから」と麓から歩かせている――それが「勘だから教えられない」の実態です。
勘が言葉になると、社長自身の勘も冴える
面白いおまけがあります。勘を言葉にする作業は、社長自身の判断力も磨くのです。
無意識のチェックリストは、便利な反面、古くなっても気づけません。「昔からこうだから」が、今の相場や状況に合わなくなっていることもある。言葉にして眺めると、「あれ、この基準、今も正しいか?」と点検できます。プロ野球の名選手がフォームをビデオで見直すのと同じです。感覚でやれている人ほど、たまに言葉で点検すると強い。
勘は、隠しておくと本人と一緒に消える財産です。言葉にすれば、会社の財産になり、本人の点検道具にもなる。「勘だから」と言いたくなった次の機会に、ぜひAIの「なぜ?」に付き合ってみてください。
よくある質問
「勘を言葉にしたら、自分の値打ちが下がりませんか」――逆です。勘を言葉にできる人は、「教えられる人」として値打ちが上がります。それに、あなたのチェックリストを知った若手が育っても、経験の厚みと最後の2〜3割は追いつけません。名人がレシピを公開しても、名人の店に客が来続けるのと同じです。
「話しているうちに、間違ったことを言いそうで心配です」――大丈夫です。記録はあとから直せます。むしろ「言葉にしてみたら、あやふやだった」と気づけること自体が収穫です。あやふやなまま毎日使っている基準のほうが、よほど危ないのですから。
この記事のまとめ
・勘の正体は「無意識のチェックリスト」。ひとつずつなら言葉になる
・自分では見えない。外からの「なぜ?」だけが勘を分解できる
・7〜8割は言葉にできる。全部は無理でも、7合目までロープウェイを作れる
・言葉にした勘は、会社の財産になり、社長自身の点検道具にもなる
「長年の勘だな」――その言葉が出たときが、記録のチャンスです。今日の勘をひとつ、AIの質問に乗せて言葉にしてみませんか。30年物の勘は、それだけの価値がある財産です。

