新しい人が入ってくる。うれしい日です。そして同時に、ちょっと気の重い日でもあります。
なぜなら、またゼロから全部教えるからです。挨拶まわり、道具の場所、仕事の流れ、うちのやり方、気をつけること。前の人のときに教えたことと、まったく同じ内容を、また最初から。
今日は、この「毎回ゼロから」をなくす話です。例え話は、学校の授業から。
先生は毎年、同じ授業をゼロから作らない
学校の先生を思い浮かべてください。毎年、新しい生徒がやってきます。でも先生は、毎年教科書を書き直したりしません。教科書は同じ。変わるのは生徒だけ。だから先生は、教える中身を考える時間を、生徒一人ひとりを見る時間に使えます。
ところが多くの会社の新人教育には、教科書がありません。あるのは、先輩の頭の中だけ。だから毎回、口伝えでゼロから授業を作ることになります。これには3つの問題があります。
問題1:時間が消える。教える側は、その間自分の仕事が止まります。新人が入るたびに、ベテランの1〜2週間が「同じ説明の再放送」に消えていきます。
問題2:教える人によって内容が違う。先輩Aと先輩Bで言うことが違い、新人は混乱します。「Aさんはこう言ってたのに……」は、どの職場にもある悲劇です。
問題3:新人が質問をためらう。「さっき聞いたばかりのことを、また聞けない」。忙しそうな先輩を見て、新人は質問を飲み込みます。そして飲み込んだ質問の数だけ、間違いが起きます。

「これ見ておいて」と言える会社の新人教育
では、会社の取扱説明書――つまり教科書――がある会社の新人教育は、どうなるか。
初日:「まずこれ見ておいて。うちの会社の説明書だから」
2日目から:新人は説明書を読みながら仕事に入る。わからないことは、まず説明書で調べる。それでもわからないことだけ、人に聞く。
先輩の役割:説明の再放送ではなく、「実際にやって見せる」「癖を直す」「様子を見る」という、人間にしかできない部分に集中。
教育がゼロになるわけではありません。でも、「知識を伝える」部分を説明書が肩代わりするので、人間の時間は「技を見せる・人を見る」に使えるようになります。先生が教科書のおかげで生徒を見られるのと、同じ構図です。
新人側の安心感も違います。同じページを何度読んでも、説明書は嫌な顔をしません。夜、家で読み返すこともできます。「聞きづらい」が消えるだけで、新人の立ち上がりは目に見えて速くなります。
教科書は、日々の仕事の「録画」からできる
「そんな教科書、作るのが大変でしょう」――はい、机に向かって書くなら大変です。でも、このブログの読者ならもうおわかりの通り、書かずに話して作る方法があります。
コツは、新人に教えるついでに録ることです。次に誰かに仕事を教えるとき、その説明をスマホに向かってもう一度しゃべってください。5分です。AIが清書して、それが教科書の1ページになります。今回の説明が、最後の「ゼロから」になるのです。
新人からの質問も、教科書の材料になります。「新人がつまずくところ」は毎回だいたい同じです。質問されたら、答えたあとに「今の質問と答え」をひとこと録っておく。次の新人は、そのページを読めばつまずきません。

教科書があると、採用にも効いてくる
意外な副作用の話もしておきます。会社の説明書は、採用の武器にもなります。
いまの求職者、特に若い人が会社選びで気にするのは、「ちゃんと教えてもらえるか」です。放置される職場、先輩の背中を見て盗め、という職場は敬遠されます。面接で「うちは会社の説明書があって、仕事のやり方は全部ここにまとまってるよ」と見せられる会社は、それだけで安心感が違います。
そして入社後の定着にも効きます。新人が辞める理由の上位は、いつも「仕事を覚えられない不安」と「聞ける人がいない孤独」です。説明書は、その両方を和らげます。教科書のある会社は、人が育ちやすく、辞めにくい。小さな会社こそ、この差が大きいのです。
よくある質問
「うちは仕事が体で覚える系なので、文章にできる気がしません」――体で覚える仕事にも、「言葉にできる部分」が必ずあります。道具の名前と場所、作業の順番、やってはいけないこと、安全の決まり。ここが文章になっているだけで、新人は「何もわからない」状態を脱します。技そのものは現場で見せる。段取りと知識は説明書で。この分担です。
「パートさんやアルバイトにも効きますか」――むしろ一番効きます。短時間勤務の人は「教わる時間」も短いので、自分のペースで読める説明書との相性が抜群です。「レジの締め方」「電話の受け方」「よくあるお客様の質問」あたりから始めると、すぐに効果が出ます。
「教科書を読まない新人もいるのでは」――います。だから「読んでおいてね」ではなく「初日はこの3ページだけ読んで、明日質問して」のように、範囲と締め切りをセットにするのがコツです。それでも読まない場合は、教科書の問題ではなく、また別の問題ですね。
この記事のまとめ
・教科書のない会社は、新人が入るたびに同じ授業をゼロから作っている
・説明書が「知識」を肩代わりすれば、人間は「技を見せる・人を見る」に集中できる
・作り方は、教えるついでに話して録るだけ。今回の説明を最後のゼロからにする
・教科書は採用の武器にも、定着の支えにもなる
次に人を採る予定があるなら、その日までが教科書づくりのチャンスです。今日の「これどうやるんでしたっけ」への答えから、1ページ目を始めてみてください。教科書のある会社に来た新人は、幸せです。そして新人を教科書に任せられる先輩も、その先輩の時間で回る会社も、みんな少しずつ幸せになります。教育は会社の未来への種まき。その畑を耕すのが、日々のひとことの記録です。

